南アルプス全山縦走1/3 光岳に入る

 ■はじめに

今年の大きな目標のひとつ、南アルプスの長期縦走をやりました。
1週間以上の休みがあったら、いつもなら海外クライミングに行くのですが、昨年に引き続き海外は難しそうだったので、年始から南アルプスでの長期縦走を計画していました。

行程は、光岳から北岳まで。いわゆる「南アルプス全山縦走」です。仙丈ヶ岳と甲斐駒ヶ岳が入っていないのに「全山」というのはおこがましい気がするのですが、仙丈・甲斐駒が入るのは「完全版」と呼ぶらしいです。私は特に「全山」にこだわりはなく自分なりの長期縦走ができれば良いと思って計画しましたが、わかりやすくタイトルには「全山縦走」を入れました。

塩見岳から北俣岳分岐へ向かう途中



■動機

「南アルプス全山縦走」というものを初めて知ったのは、いつだったか、瑞浪か田立不動岩にクライミングに行った帰りのことだったと思います。車中から南アルプスの稜線が見えて、「あの山々を全部、静岡の方から山梨まで全部一気に歩いたら面白そうだね」と私が言ったら、「それは南アルプス全山縦走って言って、大学の山岳部が夏合宿で10日くらいかけてやるやつだよ、小屋泊まりにしても一週間はかかるよ」と同行者に教えてもらったのでした。
その時は、そんなに長い休みが取れるならヨセミテとかアメリカでクライミングがしたいな、と思っていて、いつかやろうとも考えなかったのでした。

それから数年、実際長い休暇はクライミングに当て、山を歩くことはあってもクライミングのアプローチもしくはそのためのトレーニング目的でした。昨年の夏にハイシエラのエボリューショントラバースがやりたくて、体力をつけるために積極的に山歩きをしていたのですが、行けなくなってしまって、ポカリと穴が開いたような状態でした。日本の沢も綺麗で素晴らしいし、フリークライミングも楽しい。けれど、日数をかけて、腹を空かせて、疲労困憊するような、もっと充実する何かを求めていました。

そんな折に、所属山岳会の方から新品同様の75ℓザックをいただきました。大きすぎて使う機会がないから、と。海外遠征の時に便利だと思って、ありがたくいただきました。昨年末のことでした。
貰ったザックはとても軽量で、使い勝手も良さそうで、すぐに使ってみたくなりました。そこで、「南アルプス全山縦走」を思い出したのです。

75ℓのザック



■準備

まず、地図を買いました。南ア北部の地図は十数年前のものがあったので、南部「塩見・赤石・聖岳」の山と高原地図(エアリア)です。大体の行程のあたりをつけました。この時は甲斐駒から黒戸尾根を下りて小淵沢まで歩くつもりでいました。14日あれば行ける、と思いました。
次に、テントと靴の購入です。今まで、自分のテントを持ったことがありませんでした。クライミングなら一緒に行く人がテントを持っていたし、ひとりで行く一泊の山や沢ならツエルトで十分だったのです。靴も、冬用かアプローチシューズしかなく、昔買ったハイキング用の靴は古くなっていたし、長期縦走に向いているものではありませんでした。
テントは、軽量化より居住性を重視して大きめにしました(モンベルのステラリッジⅡ)。靴は、あまり硬いと足が痛くなるんじゃないかと心配して、そこそこのやつにしました(モンベルのツオロミー)。後は、充電器と食料(アルファ米50袋、チキンラーメン50袋)、水を入れる容器。これらを買い足して、他は今まで使っていたもので、トレーニング開始です。

テントは白がいいと思う




■トレーニング

まず、一番気になったのが、自分がどのくらい荷物を背負って歩けるか、です。
今まで一番重かったのはバガブーに行った時の23kg。アックス、アイゼン、カムにロープなどのギアに加て、6日分の食料と泊まりの装備が入っていました。が、この時はベースのキャンプ場まで空身なら3時間ほどのハイキング道。初日に荷物を上げてしまえばお終いです。穂高や劔も似たような感じ。ベースのキャンプ地まで半日程度の道のりです。縦走であれば、食料を消費すればだんだんと荷が軽くなるわけですが、数日間は重たい状態で歩き続けなくてはなりません。
家の近くでの歩荷を始めました。近所の大学構内に階段がたくさんあるので、荷物を背負って上り下りしてみました。空身の場合、18kg、19kg、20kgの場合と時間を測り、最大で26kg(体重比53〜54%)までやってみました。やはり重くなるとスピードは落ちますが、歩けないことはありません。しかし、初日に1500mを登るとなると20kgくらいが限界かな、と感じました。

1月。実際に重荷で山に行きました。20kgで丹沢は大山の南尾根。途中食料と水を消費したので最後は15kgくらいになってしまいましたが、エアリアのコースタイムより早く歩けるしまあ大丈夫かな、と楽観的でした。そしてテント設営の練習です。やはり丹沢。歩いて疲れた後に張るのがいいだろうと、塔ノ岳に登った帰りに大倉高原で。実際は快晴でしたが、強風雨天時想定で真剣に、時間を測ってやりました。家でも練習しましたが、20分くらいかかってしまいました。(しかし、大倉尾根は平日でも人が多く、デカいザックなだけで色々な人に話しかけられ、テント設営中にも話しかけられ、少々やりにくい感じでした。)

2月。2泊で山に入りました。一度使ったテントをもう一度張る、という作業をしたかったのです。1泊だけなら、多少乱雑に撤収しても問題に気付かなそうだと思ったのです。雪も人も少なそうで、山梨百名山もあるので、場所は安部奥に決めました。しかし、意外と気温も低く雪もあって、がっつり雪山装備になってしまいました。久しぶりに冬履アイゼン、スコップ使用しました。これで、重荷を背負って歩くことと、テント設営技術に少し自信がつきました。

3月。もっと長い距離を歩こう、と思い奥秩父主脈縦走をしたかったのですが、体調と休みの関係で断念。代わりに愛鷹山1泊で行きました。他、靴ならしのため日帰りでの山歩きもちょこちょこ。

4月はGWの沢旅に備えて休みがあまり取れず。
この間、クライミングも並行してやっていますが3月まで調子良かったのに、4月からはガクンと不調になってしまいました。

そして5月、奥秩父主脈縦走。天候の関係で、3日のつもりが4日になってしまいました。1日に16時間行動し、体力に自信がついてきました。ずぶ濡れになってションボリしたので、レインウェアを新調しました。ついでにサングラスや下着、Tシャツ、靴下も新しく買いました。

6月。猛暑の中に秋山山陵を日帰りで。そして八ヶ岳縦走2泊3日。雨の中で岩場を登る練習と思っていたのですが、天気が良くて普通に快適な縦走でした。
クライミングは少し調子が戻ってきたところで梅雨入り。沢登り1回だけ。

あっという間に7月になってしまいました。

サングラス新しく買ってよかった!



■下肢静脈瘤の手術と最終調整

4月以降、疲れることが多くて調子が悪いなあと思っていました。特に仕事終わりには足がパンパンにむくんで、帰宅後にジムに行くのがしんどいことが度々。何かの病気じゃないかなと心配になりました。最初はホルモンバランスの異常かなと思っていましたが、どうも静脈瘤が怪しいと思い始めました。
実は、1年ほど前から、左足太腿の内側の血管がボコっと出ていて、静脈瘤があるのはわかっていました。4年前、カナダから帰ってきた後に左足がおかしくて(飛行機後のむくみが異常だった)、その時に静脈瘤になったんじゃないかとずっと疑っていたので、やっぱりかと思いました。ここ数ヶ月でコブがずいぶん大きくなった気がするので、一度病院でみてもらおうと思い、八ヶ岳の後に下肢静脈瘤を専門にやっているクリニックに行きました。
7月終わりから10日くらい山に入ること、普段からクライミングをやっていることなども先生に伝えたうえで、早めに手術したほうが良いということになりました。左足だけでなく、右足も目立たないけど静脈瘤があるので両足いっぺんにやってもらいました。大伏在静脈をジージー焼いてもらいました。結果、ものすごく調子がよくなったので、思い切って手術してもらって良かったです。

さて、最終的な計画調整です。当初、甲斐駒ヶ岳までと思っていましたが、甲斐駒ヶ岳周辺はテント泊でも予約が必要なこと、この時点での自分の体力や背負える荷物の重さを考慮して、広河原へ降りることに決めました。その代わり、農鳥岳と小太郎山へ立ち寄ることにしました。(この2峰は山梨百名山だからです!)

ベースとなる荷物は約10.5kg。ストックも含めた重さです。
食料は6.5kg。10日分プラス予備日3日分を考慮した量です。
水は最大で3.6ℓ積めますが、初日は2ℓにするので、荷物の重さは計19kgでスタートです。
荷物はいろいろ削りました。それでもアプローチシューズは足がダメになった時のために持っていくことにしました。食料もかなり削りました。10日なら1日2500kcal、予備日を全て使ったら1日1900kcal。北部に行けば営業小屋があるからなんとかなるので、思い切りました。

食料計画表。
重さがどのくらい減っていくかも記載しています。

無印の不揃いスイーツたち。
今回もたくさん持って行きました。




■直前の蕁麻疹

出発前日の未明、痒くて目が覚めたら、上半身に蕁麻疹が出ていました。背中、お腹、腕に世界地図です。痒すぎて眠れず、痒み止めを塗ってやり過ごしました。出勤する頃には消失しましたが、恐ろしくなって職場の看護師さんに相談して、抗アレルギーの薬を少し分けてもらいました。帰宅途中に、似たような抗アレルギーの飲み薬を購入しました。夕食後、今度は腰から足にかけて蕁麻疹が出て、飲み薬を飲んだらよくなったものの、就寝時、前腕全体に焼けるような痒みの強いのが現れ、保冷剤で冷やしてやり過ごしました。明日出発なのにあまり眠れず、山中で蕁麻疹が悪化したらどうしようと心配になりましたが、もし、ひどくなったら引き返せば良いと思い、出発しました。起床時に蕁麻疹はありませんでしたが、念のため朝にも薬を飲みました。薬でぼんやりしたせいかもしれません、うっかりしてスマホを充電したまま家に忘れてしまい、重い荷物背負った状態で走って家に戻るアクシデントもありました。変更不可の新幹線を予約していたので、焦りました。

グリーン車の最前列




■1日目 かぐらの湯〜池口岳登山口〜牛首 暑さに参る

今回は、池口岳登山口から光岳に入ります。
新幹線で豊橋まで、豊橋から特急伊那路で平岡駅で下車、そこから乗合タクシーで和田集落あたりの道の駅まで行き、そこから池口岳登山口まで歩きます。
新幹線は事前予約で安くなるので、豪華グリーン車です。最前列を取ったので、荷物が楽々置けます。
豊橋駅


豊橋でおにぎりとあん巻き購入。
伊那路は、四連休の最中だというのにガラガラでした。3両編成で1車両に数人しか乗っていません。隣のシートにザックを載せていましたが、全く注意されず。

特急伊那路1号の車内


おにぎり専門店のやつ

栗入りあん巻き


伊那路から見える風景を楽しみにしていたのですが、寝不足のせいかうつらうつらしてしまい、気付いたら「次は平岡駅」で、車窓から見える景色はトンネルの中ばかりでした。

平岡駅


平岡駅に到着。伊那路の車両は、中央線みたい。
駅舎に観光案内所があり、ブッポウソウのポスターがありました。天龍村の鳥らしいです。

駅前


バス停

下に降りて乗合タクシーを待っていると、タクシーらしき車が来て、「大島までいくの?」と言われました。確かに大島バス停が登山口に一番近いのですが、時間が合わなかったため「かぐらの湯」から歩くことに決めていました。
タクシーに乗ったのは私1人だけ。下車したのも私1人だけですから、まあ当然でした。20分くらいの道中、運転手のお兄さんが池口岳について、いろいろ教えてくれました。運転手さんも山登りをやるらしく、山岳救助もやってるらしい。ヒルが出るから気をつけて、と言われてビビりました。雨上がりはひどいそうです。アルコールスプレーも虫除けも持ってきていなかったので、タクシーを降りてから購入しようかと思ったのですが、地元のスーパーのような店に何となくはいりづらくて、ヒルにやられたら諦めることにしました。

一番奥に見えるのが池口岳だそうです


明後日あたりに台風が来るらしいので少し心配でした。空模様は、山上は雲が湧いていていつ雨が降ってもおかしくなさそうです。しかし、昼過ぎには雨予報だったのに、下界はかんかん照りでした。

当初、平岡駅から登山口まで4時間ほど歩く計画でいたのですが、乗合タクシー利用に変更して良かったと思いました。登山口まで長く感じました。道の駅の標高は約400m。登山口は1000mです。大島のバス停まで1時間。そこから登山口までさらに1時間半。暑くて汗びっしょりになりました。水が足りなくなるんじゃないかと思いましたが、途中冷たい沢水があって助かりました。

池口岳登山口

登山口に着くと、車が3台停まっていました。
山道に入ったら、涼しくて快適でした。途中、地元のオジサンと女性2人に会いました。きのこと山菜とりだそうです。立派なハナビラタケを見せてもらいました。運転手さんもキノコの話をしていました。ハヤマツタケと言って8月に取れる松茸があるらしいです。

登山口から1時間半ほど上がったところ(牛首)の樹林の中にテント設営しました。標高1500mで、尾根筋なのでヒルはいないと思いますが、ちょっと心配です。

林の中にテント


この日は、計4時間ほどの歩きでしたが、登山口までの暑さでかなり参りました。
暑くて食欲がなく、本当は明日の朝食にするつもりだった、大好きなチキンラーメンを食べました。今回、チキンラーメンはこの1つだけですが、チキンラーメンの箱を切り取って敷板にしたものを持ってきました。

大好きなチキンラーメン


夕食予定のものは朝食べました


寝る前に、蕁麻疹が心配でまた薬を飲みました。暑くて下着姿のまま寝てしまいました。
横になると、案の定、雨になりました。

夜中、トイレに行こうとして、ヘッデンをつけて入り口を開けたら、大量のハエがテント内に入ってきてしまいました。どう追い出したものか考えましたが、良い案が思い浮かばず、結局全てハタキ殺してしまいました。この後、ヘッデンを赤目にすれば虫が寄って来ないことに気づきました。


■2日目 池口岳〜光岳+イザルガ岳 ライチョウを探す

1:00起床。痒いところが腕や足にいくつかあるものの、蕁麻疹はひどくなっていない模様で、ほっとしました。それでも念のためしばらく薬を飲み続けることにしました。
2:00出発。満月に近い月が出ていて、綺麗な夜でした。尾根を登り続け、予定通り6時半に池口岳へのジャンクションに到着しました。ここまでに、足の速い1人のハイカーに抜かれました。日帰りの装備のようでしたが、どこに行ったのでしょうか。ジャンクションで彼の熊鈴の音が聞こえていました。

池口岳がよく見えた

池口岳山頂


池口岳までは荷物デポして往復し、加加森に向けて降ります。10分くらい降りると「水場」の案内があり、水汲みに行きました。予想より遠くてここで8時近くになってしまいました。
それから加加森までの間、3人の男性、3人組、2人組、沢登りらしき男女3人組、単独の男性・・・と次々に人に会いました。予想してたより、人が多かったです。何人かに「大きいザックですね!」とか「どこまでいくんですか」とか聞かれました。やはりザックが目立つようです。



加加森の山頂

加加森を抜けて、2183峰から光石までの間は「踏み跡が薄く、特に難しい」とエアリアに書いてあったので、警戒していました。「おお、なるほど、確かにこれは悪い道だな」と思ってジャンジャン降りて行きましたが、さすがに、さっきすれ違ったたくさんの人の足跡がないのはおかしいな、と思いました。地図を確認すると、まんまと間違っていたのでした。道は尾根筋なのに、谷に向かって降ってしまっていました。上に尾根が見えるので、鹿道らしき跡を利用して登り返しました。重荷背負っての急斜面に体力消耗してしまいました。尾根に戻ると国道並のいい踏み跡がありました。「踏み跡薄く」の記述に囚われすぎたようです。
その後も特に道が悪いわけではなく、光石まで急斜面をひたすら登りました。汗が吹き出しました。

光石

やがて光石が見えてきて、テンションが上がります。
分岐に到着、デポして光石に行きました。石灰岩でした。高山植物の花もいろいろ咲いていて、ここが南アルプスの入り口だという実感が湧きました。

いっぱい咲いてた

ツートンの苔


名前はわからない・・・


石灰岩です


最南端のハイマツ帯が見えました。

日本最南のハイマツ帯



光岳の頂上は地味な感じでした。

ザック大きい?

だんご標識



13:30、光岳小屋に到着し、荷物をおろすとドット疲れが出て、しばらく座り込んでしまいました。周辺には誰もいませんでした。まず、テントを張って、水場にいき全身洗いました。Tシャツも下着も洗って、濡れたものを着て乾かそうとしたら、さっきまでのカンカン照りが曇りに変わってしまい、寒くなりました。寒いので濡れたまま、イザルガ岳に歩いていくことにしました。
イザルガ岳

イザルガには日本最南端のライチョウがいるらしいのです。南アの、特に南部のライチョウに会うのをとっても楽しみにしていました。事前にライチョウの生息調査の論文を読んだり、ライチョウサポーター制度のことや、目撃情報について調べまくっていました。出発前日の頭の中はライチョウ7割、蕁麻疹2割、その他1割という感じでした。
天気の悪い方がライチョウは登山道に出てきやすいので、期待してイザルガに行きました。

誰か頂上にいるようです。途中にザックとストックが無防備にデポされていました。
お兄さんが1人いましたが、入れ違いで降りて行きました。

ライチョウ、ライチョウはいねが〜 とナマハゲのように探しましたが、いませんでした。


気分はナマハゲ

ライチョウは・・・

きっとこのハイマツの

藪の中にいるはず・・・

光岳と小屋



しばらく探したものの、諦めてテントに戻りました。さっきのお兄さんの他に何組か小屋に泊まるようでした。ご飯を食べて、明日の行程の確認をして就寝。ここ1ヶ月くらいで一番深い眠りになりました。



コメント